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web上でいろんな石を眺めて渡り歩いていると、「石を買ったらまず、浄化しましょう」と説明されています。
私が石にはまった頃(かなり前)は、浄化なんて影も形もなかったんだけどなあ……。
気をつけてみると、その方法の多彩なこと! 中には「ちょっと待て」と言いたくなる方法もあったりします。
「いったい、石の浄化って何だ?」そんな初歩の初歩の疑問を胸に、浄化について調べてみました。
間違いやリンク切れ、その他情報がありましたら、
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言うまでもありませんが個人的意見です。
文章長くてごめんなさい……。



浄化の歴史……たったこれだけ?

神社jに参拝する際、手や口を水ですすいで清める行為が、古くは文字通り水に体を沈めて身を清めた禊ぎであるように、「清める」という考えの歴史は古くからのものですが、パワーストーンやクリスタルヒーリングにおける「浄化」はどうでしょうか。

不思議に思って調べてみたところ……。
日本における第1次パワーストーンブームは1980年代後半〜1990年代前半。
以後一時下火になったものの、2000年前半に「石の浄化」というアイデアを取り入れたことにより、再びブームになったのだそうです。(くわしくはこちら・Wikipedia
こうしてみると、今や「当たり前」で、いろいろな説明がなされて、さも歴史ある行為であるかのような「浄化」も、
その歴史は10年未満ということになります。


海外でも

日本では、あんなこんなそんな方法が行われていますが、海外ではどうなんだろう?
結果として、海外でも「石の浄化」という考えはあります。その方法も、日本と同じく多彩です。

そもそも、石の浄化という考えは、クリスタルヒーリングの中の考えとして、アメリカあたりから入ってきたようなので、当たり前と言えば当たり前。中には、日本よりも細かい決まり事があったり、「ろうそくの炎にくぐらせる」という、「大丈夫!?」と心配になる方法もあったりします。


海外と日本の「浄化」の違い

ふむふむ……と海外のサイトを眺めてみて (読むには英語力が不足しています)、ふと気が付きました。さすが本場と言うべきか、何でも取り入れてしまう日本らしいと言うべきか。
海外で言われている浄化と、日本のそれには、微妙な違いがあるように思います。
もちろん、説明する人の考えやスタンスによって、同じように水や塩を使う方法でも、やり方に違いが出たり、意味合いが異なってきたりすることはあるでしょう。「違い」とはそういうことではありません。

私が感じた大きな違い。
それは、
「浄化の時の心構え」です。

これこれこういう方法で浄化しましょう……という説明は、日本も海外も似通っています。違うのはそこからです。海外では「そのときに、石から嫌なものが抜け落ち、光に満たされる様子を想像しましょう」といったような、浄化の際の「心構え」を説いているところが多いのです。
国内サイトでも同じように説明しているところがありますが、その割合は海外サイトの方が明らかに多いです。


欠けている力がある?

私個人は、「浄化」をしていません。おもしろがってやってみたことはありますが、「やらなければ」と思ったことはありません。しかし、これは私個人のスタンスなので、「浄化」を行うのが良い悪いということではありません。
しかし……物理的に石にダメージを与えるからという理由はさておいても、問答無用で「浄化はしなければならない」という意見や、浄化の方法のみの説明には、ずっと疑問……違和感を持っていました。
鉱物好きとは違って、パワーストーンやクリスタルヒーリングの分野では、石のイメージを楽しんでいるはずなのに、「とにかく浄化という決められた行為をすればいい」というのでは、逆に石を「不思議アイテム」としか扱っていないのではないかと思えるのは、私だけでしょうか?
薬ですら個人によって効き目が違うのに、「こうすれば効果がある」というのは、石のイメージを楽しむ「精神的」世界のやり方とは、ちょっとそぐわないように思います。
「何だか納得できない……」と思っていたところで、

「浄化は、心に対して行う精神的な儀式である」

とする海外サイトの説明を読んで、「これだ!」と思わず膝打ち。そうです。

心の力が欠けている
んです。

ここでもう一度繰り返します。
私は、「浄化」を行うのが良いとも悪いとも言いません。石の楽しみ方は実にさまざまなので、イメージで石を楽しむ場合でも、「浄化しなくてはならない」とは思いません。
しかし、浄化を行おうと言うのであれば、ただ形式をなぞるのではなくて、それがどういうイメージのもとで行われているものなのかを、知っておいても良いのではないでしょうか。
それがスピリチュアリティな行為であるというのであればなおさら、イメージ的な(精神的な)意味、そして心構えを知っておくのは理にかなっていると思うのです



ちょっとまて、実は中身がごちゃごちゃだ

「浄化は心に対して行う儀式」。だからこそ、いかに心の力を込められるかが問題になります。心の力を込めるための心構えをどうするべきか……その前に、問題があります。
私は、パワーストーンというのは、実は中身がごちゃごちゃだと考えています。
くわしく考えを述べると長いので、さくっと言ってしまえば、誕生石や星座の石など、伝統的(?)な石の楽しみ方から、風水としての方法、チャクラや瞑想なども含むクリスタルヒーリングの系統も、クリスタルヒーリングの考えをもっとカジュアルにアレンジしたものも、すべて「パワーストーン」としてひとくくりにされているからです。
言うまでもなく、クリスタルヒーリングも、風水もそれぞれに考え方があって、立派にそれを実践している人もおられます。しかし、同じ「石」に関係することだというだけで、両方をごちゃごちゃにしてしまっては、それはまずいでしょう。
パワーストーンにおいて、パワーや浄化を考えるということは、鉱物として石を見るよりも明らかに「精神世界の分野」の行為のはず。
そこでは心が大きな力を持ち、心の力を発揮するには、それをどれだけ信じられるかと言うことでしょう。
そして、「信じる」ためには、心がふらふら揺らいでいるようではだめです。
つまり自分という基準点がしっかりしていなければ、心は力を発揮できないはずです。
そのためには、ごちゃごちゃになった情報を整理するなり、自分なりの価値観を持ってしっかり納得する必要があると思うのです。


自分という基準点

自分という基準点とは何なんだ。
実は、それを知るための行為が浄化だったりプログラミングだったりするのではないでしょうか。
普段の生活の中では、意外なほどに自分の意識に集中することが少ないです。
石の浄化の方法、チャージの方法、プログラミングの方法を調べていく中で感じたのは、それぞれのステップを追うことは、、自分の意識に集中して、自分で自分の心を動かしていくステップでもあるのだということでした。
何もなしに自分の意識に集中しろと言われてもなかなかできるものではありませんが、そこに石があり、いろいろな人が考えた儀式(方法)があれば、幾分自分の意識に入り込むのがたやすくなると思うのです。

「浄化は、心に対して行う精神的な儀式である」

遊びから一歩踏み込んで、石に向き合ってみたいのならば、この言葉を真剣に考える必要がありそうです。

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