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水晶でつくったかたち考
観音と如来の違いとは?

水晶彫刻

ネタというより覚え書き。あるいは、頭の中から掘り出し確認したもの。
それは何かと言いますと、水晶のカービングに関係があります。

水晶は原石はもちろんのこと、実にさまざまな形に加工されて石のお店に並びます。
原石、あるいは塊状の石英を六角柱に磨いたもの。
丸玉やハート形、ピラミッド型、正12面体などの幾何学形。
イルカなどの動物形もあれば、スカル(骸骨)も意外に人気です。
さらには水晶の仏像なんてのもあります。(もちろん水晶以外も)
原石派の私としては、ちょっとばかり縁のない世界なのですが、「撮ってみたい」と思うことがあります。
「ここに光をあてて……この角度から。バックに緑なんかが見えたらきれいかも」
なんてちょっとズレたことを考えながら、たま〜に手に取るのですが、時々首をかしげます。

これ……如来だっけ、菩薩だっけ?

今は昔、大学の授業でやったはずなんですけど、もう●年も昔になるとなかなか出てきません(笑)。
もちろん、お店には「仏像」なんて漠然とした名前ではなく「観音」とか、「仏陀」とかかかれていますけど、皆さん、その違いご存じですか?


観音と如来ってなんだ?

さて観音と言えば観音菩薩。正式には観世音菩薩とか観自在菩薩と言われる
「菩薩」さまです。

「仏陀」と記されているものも見かけたことがあるのですが、仏陀は、「悟りを開いた人」という意味で、もともとは仏教の創始者「釈迦」のことです。釈迦如来とも言われますから、仏陀は如来さまのことです。
なんでいきなり仏像の話かと思われるかもしれませんが、ちょくちょく石屋さんで石づくりの仏像モノを見かけるものですから、「この観音サマきれ〜い!」もいいのですけど、菩薩や如来が何か知っておくのもいいんじゃないでしょうか。

もしかしたら、「あ、コレ名前の付け方間違ってる♪」……という、ひそかな喜びが増えるかもしれません。(←悪趣味★)
……というわけで今回のお題は「菩薩と如来」です。

仏陀については先にちょっと書いてしまいましたが、もう一度まとめます。
如来は、『真理より来た者』『真実に赴いた者』『真理に到達した者』の意味です。
仏陀も「悟りを開いた者」という意味ですから、仏陀と如来は同義の言葉でもあります。仏教が成立した当時は、如来は釈迦のみだったのですが、教典としてまとめられていく課程で、釈迦以前に悟りを開いた者が存在したという考えが広まり、仏の数が増えて、「○○如来」のように如来は仏の尊称としても用いられるようになったのです。

このように「如来」はすでに悟りをひらいておられますが、同じように「仏さま」でひとくくりにされている「菩薩」は、実は如来予備軍というか、ゆくゆくは如来になるべく修行中の身であられます。

菩薩とは、『悟り(菩提)を求める者(薩た)』の意味で、本来は悟りを開く前の釈迦、釈迦の前世の時代の姿を指していたそうですが、のちには、如来になることが予定された者をはじめ、悟りを求めて修行に励むもの全てを総称するようになったそうです。

いやあ、ひとくちに仏さまといってもいろいろあるもんですねえ。


その見分け方

さて、この如来と菩薩、釈迦如来、薬師如来、千手観音……など、耳にしたことがあるだけで、かなりな数があります。
それぞれ手の形(印相/いんぞう)や持ち物(持物/じぶつ)などが違い、それで見分けがつくそうなのですが、そんな細かいことはとても説明できないので、ここは簡単に如来と菩薩の見分け方でしめたいと思います。

これは案外簡単です。

如来さまはすでに悟りを開かれた身。俗世の権力や贅沢とは無縁のお方です。
ですから、その服装はいたって
シンプル
アクセサリー類もつけず、布を巻き付けただけのような格好です。
そして頭はいわゆる
「パ●チパーマ」(……失礼)。
ええと、この髪型は「螺髪(らほつ)」と言いまして、髪の毛が「右巻き」に巻いて頭に固く張り付いている状態なんだそうです。

「螺髪」については、こんな話もあります。
インドの王子サマであった釈迦は出家して(つまり頭を丸めて)、修行を積みます。
そして菩提樹の下で座禅を組んでいるとき悟りを開かれたわけですが、丸めた、つまりつるつるにそり上げてあった頭髪が、座禅を組んでいるうちに伸びたのが螺髪なのだというのです。
……ってことは
釈迦は○然○ーマだったということになりますね(……再び失礼)

ちなみに、如来の額には「白毫(びゃくごう)」といわれるぼっちがあって、仏像などでは、ここに水晶がはめ込まれています。
実はこれ、眉間から伸びた白い毛が右に渦を巻いて固まったものなんだそうです。
そしてこの白い毛をまっすぐにのばすと2メートル以上になるのだとか。

一方、如来を目指して修行中の身である菩薩は、もともと出家前の釈迦のこと。
そして釈迦は王家の方……いわゆる
王子サマでした。
その姿をもとにしているので、菩薩の姿は華麗です。
衣服もひらひらとたなびいていますし、髪は結われ、ネックレス(瓔珞/ようらく)やブレスレット(腕釧/わんせん)など豪華なアクセサリー身につけています。

つまり、

シンプル・スタイルの仏陀=如来


豪華な王子さまスタイルの菩薩

……という感じでしょうか。簡単です!
(ただし、密教で如来中の如来とされる大日如来は、アクセサリー類を身につけた姿で現されます)
おお、これがそうか、そういうことかとちょっとわかると、お店で見る楽しみが増えると思います。


誤解してはいけない如来のびっくり

ブログからHPに収録したついでにもうひとつおまけを。
菩薩と如来の頭の形です。どちらも何か載せたように盛り上がっているかと思います。
菩薩の場合は、豊かな髪を結っているので、盛り上がり部分は髪、正式には髻(もとどり)です。
ところが……如来の場合は、先にご紹介したように、剃った髪が若干伸びた状態のはず。
ではこの頭の盛り上がりは何なのかといいますと……これは「こぶ」なのです。正式には「肉髻(にっけい)」といいます。
ちゃんと
「中身」も詰まっておりまして、このふくらみの分、たくさん智慧を持っておられるというわけです。
そのほか、如来の手には
水かきもあります。
「げっ」などと言ってはいけません。これはひとりでも多くの人々を「すくう」ためなのですから。



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